ヤマトタチバナ日記 6

毎日毎日アゲハチェックをしていたのは、こうなることを恐れたからだ。

・・・こうなってしまうと、怖すぎる、近寄れない、触れない、もう、放棄したくなる。一体、どこにいたのかしら!

同じ生命体だ、私より環境維持の役に立っている、かわいいベビーで何も悪くない、なんなら私の方が始末に終えない、こんな風に毛嫌いするなんてよろしくない、かわいいという成長記録のブログなんかもあったし、その気持ちも十分わかる、・・・と頭ではわかっているが、どうしようもなく「この橘の木、あなたに全部あげる。」という気になってしまう。10才くらいまでは山を駆け回って、万物がおともだちだったのに、本当に情けない。

鉢から1mほど離れて、うろうろ思案し、挙句、これでは農耕民族に戻れないぞ!どうするつもりだ!!と自分を脅してみたりしたが、やはりシェフ、お願いします。

そしたらまさか!シェフ、あなたもですか!!

小学生の頃、庭木剪定が大好きで、大きな剪定ばさみでばさばさ思う存分剪定していたら、えらいものを真っ二つに切りそうになった。それが、大きなアゲハの幼虫だったという。目の前の剪定ばさみに挟まれ、ぐにゃっと半分にのけぞる姿がスローモーションとなり脳裏に焼きついた。「危ない!」とはさみごと手放したので、幼虫を真っ二つに切ることは避けられたが、小学生の脳裏に焼きついたのけぞる幼虫は、モスラ大のサイズとなり、とても近づけないという。そして、それ以来庭木の剪定は母の仕事に戻った。

「だいじょぶ、だいじょぶ、もっと小さいから。あ、画像も撮っておいてね。それから、しばらく食に困らないように、橘の枝ごと土と葉っぱのあるところにお願いします。」(1m以上離れて言いたい放題。)

画像は・・・ブレてる方がいい。

そして、どうやら今年のアゲハ期は、蝉時雨と共に終わったようだ。アゲハベビーたちにたっぷり食べてもらった方がいいくらい、大きく元気な橘の木になればよい。できれば、共存したいものである。

 

 

ヤマトタチバナ日記 5

先日、お昼のオーダーストップ後にブンちゃんが、店のドアの前で「くぁー、ランチ、間に合わなかったか・・・」と、もう一歩も歩けないご様子。・・・あ、カナブンのブンちゃんです。

シェフが、食べ終えたスイカにブンちゃんを乗せたところ、しばらくじっとしていたが、スイカが常温になるのを見計らって、ものすごい勢いで食べ始めた!生きていたか、とほっとした。が、あなた、何時間食べてるの!!

夜の営業が始まっても止まらず、わしゃわしゃ食べ続けているので、テラスの客席から見えない場所に移動していただいた。できるだけ赤いところだけを食べていたので、糖分取りすぎて、もしくは、食べ過ぎて急死したらどうしようと心配になったが、満腹になり「ごちそうさま~♪」と言ったかどうかわからないが、跡形もなく消えていた。念のため、お皿の近くでひっくり返っていないか確認したが、無事、自分のすみかに帰ったのだろう。あの食べっぷり、立派だったな~。

同じ日の夕方、アゲハの幼虫、捕獲!!

その後私は、迷わずこの幼虫を・・・

 

・・・人間の身勝手な衝動を、反省した夜なのでした。

 

 

喜光寺の蓮

奈良に住んでいながら、蓮の咲くころ、蓮咲く寺に行ったことがなかった。

そろそろ咲いているかな・・・ふと思ったとき、映像作家 保山耕一さんの作品に映し出された、数々の奈良の蓮の風景が思い出された。保山さんの映像は、一度見たら忘れられない。そして、何度見ても釘付けになる。美しさの奥に、荘厳でありながら懐の深い奈良が表現されている。

いろいろな蓮の風景の映像の中に、聞きなれないお寺が映し出され、行きたい、と強く思ったことを思い出した。

「喜光寺 きこうじ」なんと美しくやさしい名前のお寺だろう。

調べてみたら、知らないことが恥ずかしいくらい、近くのお寺だった。その上、養老5年(721)行基菩薩によって創建され、天平21年(749)入寂されたとある。私はいつも、この西暦3桁に驚き、いつまでも慣れない。それが当たり前なのは頭でわかっているが、それでも、奈良のそこかしこに転がっている西暦3桁にまつわる物事と、サラリと共存している奈良にいることを、大変贅沢に感じるのである。

さて、喜光寺。ホームページを拝見したら、ご住職より「蓮は早朝がおすすめです」ということで、開門時間に到着。門を入って、名前のとおり、なんともやさしい雰囲気のお寺である。

わー、咲いてる、咲いてる♪保山さんの映像に習って(・・・たつもりで)撮ってみたが、じぇんじぇん違う!!しかし、被写体の美しさは伝わるであろう。

偶然にも、弁天堂の秘仏 宇賀神王が特別開扉されており、拝観することができた。蓮池に浮かぶ弁天堂へは、小さな橋を渡る。まるで極楽浄土への道。宇賀神王の周りに奉納されている、思い思いの人形たちも必見。

ご本尊の阿弥陀如来と、脇侍である観音菩薩と勢至菩薩の笑みをたたえた穏やかな表情に、思わずこちらも微笑んでしまう。いずれも、撮影禁止とされていなかったが、なんとなくカメラ、しかもスマホを向けるのはあまりに失礼な気がして、撮影は遠慮した。

蓮の奥の石仏群も、ほっこりする佇まいである。

仏足石と初転法輪像のバックには、あおあおと茂ったもみじ。国境を越えたかんじが素敵。

ありがとうございました。また、来ます。合掌。

 

それにしてもカメラマンというのは、選ばれし人だな、とつくづく思う。普通は出逢えないような瞬間に出逢う強運を持っていて、それを逃さず捉えることができる、卓越した技術を身につけた人で、きっとそれが使命として与えられているに違いないと思わざるを得ない。とても真似できない。

奈良の魅力が画面から溢れる保山さんの映像。奈良に住んでいる、奈良に興味がある、奈良に来る予定がある、訪れたい場所を探している、ただ美しいものを見てリラックスしたい方、おすすめです。

*保山さんの映像は、You Tubeでご覧になれます。

 

 

ヤマトタチバナ日記 4

さてその後、自根の大和橘は・・・元気です♪

 

7月6日 新芽がどんどん出てきた!柔らかいベビー棘も見られる。無事、根付いた。

7月15日 新芽もベビー棘も、ぐんと大きく成長。

おぉ、美しい珠よ、なんて放置してはいけません!これぞアゲハの卵。ここ数日、毎日数個は除去しているのだが、いつのまに・・・。

 

7月19日 青い実の橘の枝をいただいた。このように実をつける日が、楽しみである♪

 

 

ヤマトタチバナ日記 3

大和橘は、かつて絶滅危惧種に指定された。なぜだろう。

生育の北限は静岡県で、静岡県以西の太平洋側が栽培の適地である。現在、柑橘類の産地である場所は、ほぼ全て栽培適地といえる。

しかし、自生している場所は、かなり少なくなり、場所によっては天然記念物に指定されているほどである。

かぐわしい香りやかわいらしい形状に似合わず、するどい棘と、特有の苦味や酸味から、生のままでは食べにくいことや、甘い柑橘類の出現で忘れられたのかもしれない。

現在市場に出回っている生食用の甘い柑橘類は、全て中国から移入した温州みかんから改良されたものである。因みに、もう一つ日本固有の柑橘類がある。沖縄のシークワーサーである。

ところで、大和橘の皮を剝いてみた。

しかめっ面のおじさまも思わず「か・・・かわいい・・・」と乙女心が芽生えてしまう、このフォルム。大倉陶園のブルーローズが似合う、気品漂う大和撫子の風格である。

指に載せてみると、ますますかわいいのである。

かわいや、かわいや、食ってやるぞ、と、口に入れた途端、夢から醒めた!白魚のような華奢な手で、ピシャリとほっぺを叩かれたような、清らかで迷いがない、すっきりとした酸味である。その上、かすかに山椒を思わせる爽やかながらくっきりとした苦味となれば、いと手強し!!

ところで、イタリア人は、苦味が大好きである。カンパリやタルティーボを好むことからもよくわかる。レモンやオレンジを使ったお料理も沢山ある。これには、果実や野菜が“人為的に”甘くないということが重要である。

なんでも品種改良して、甘くした野菜や果物がよしとされる日本。品種改良された甘みと、自然に完熟した甘みは、全く別なのである。後者には、元にあった酸味や苦味がしっかりと味の奥にしみ込んでいて、それが味の厚みになり、複雑な味わいを生み出し、食欲をそそる旨みとなる。いくつもの味の層がバランスよく保たれ、長い余韻を生み出す。前者には、それがない。

おいしい苦味といえば、ピーマンがわかりやすい。子供の頃、いまひとつなじめなかった苦味も、大人になると入っているべきお料理には入っていて欲しい、名脇役である。

大和橘は、理想的な柑橘といえる。原種ならではの苦味と酸味は、料理の旨みを引き締める。昔の日本人は、きっと知っていたのだろう。そして、いつのまにか忘れてしまった。しかし、DNAに組み込まれたものは、時を経ても思い出せるのである。日本人の奥ゆかしさ、やさしさ、清楚さ、おだやかさ、そして、芯の強さ。誰もが持っているのである。大和橘の味わいと香りが思い出させてくれる。

このプロジェクトは、奈良だけのものではなく、誰でも参加できるし各地で同じような活動が始まっている。あちらこちらで、日本人のDNAが呼び覚まされている。

 

 

 

ヤマトタチバナ日記 2

橘畑、見たい!ということで、行ってまいりました。なら橘プロジェクト推進協議会会長  城さんに案内していただいて、まずは橘街道へ。

大和三道のひとつ、中ツ道は、平城京から明日香村の橘寺へと続く道で、この沿道に植樹し橘街道をつくろうという試みである。

みっしりと元気な葉をつけている。葉からは、爽やかないい香り。小さな実は、もう少し大きくなると同じミカン科の山椒のような味わいになるという。かじると既に山椒のような清涼感を感じ、山椒よりも穏やかな辛味が上品である。

 

次に、山の辺の道へ。

渋谷向山古墳を望む、2000年来変わらない景色の中、橘も元気に育っている。古墳と共に国が管理しているので、このすばらしい風景が保たれている。2000年前と同じ景色だなんて、奈良は本当に驚くことばかりである。

地表には、企業からもらう食品輸入用の麻袋を敷き詰めて、雑草を抑制している。畑が点在しており、少人数での作業は草抜きだけでも大変である。できるだけ除草剤、肥料は少なくし、原種を守るための工夫は欠かせない。

これらの大和橘は、栽培が目的であるので、他のみかんの木と同様、カラタチの台木に原種を接ぎ木している。棘が小さく少なくなり、通常実をつけるまで8年以上かかるところ、数年短縮できる。原種の持つ、特有の香り、酸味と苦味はしっかり保たれる。

先日、当店で鉢に植えた原種の自根は、皆さまにご覧いただきたく、城さんにお願いして購入したものである。山の辺の道の畑に1本自根で地植えしてあったが、樹齢は同じでも接ぎ木した木より随分小さく、立派な棘で覆われていた。収穫の際は、血まみれになる。

植樹には3月が最適ということで、来年3月に植樹させてもらうことに決めた。待ち遠しい♪

奈良在住の方だけでなく、誰でも植樹できるので、是非、橘街道や山の辺の道にあなたの大和橘を植えてみませんか?古代からの道が大和橘でつながって、橘の香りで満たされたらなんと幸せでしょう。

日本固有の唯一の柑橘類でありながら、絶滅危惧種である大和橘の香りと味わい。私たち日本人の心と体を癒す不思議な力を感じるのである。

城さん、お忙しい中、本当にありがとうございました。

 

*大和橘のオーナーにご興味のある方、詳しくは、なら橘プロジェクト推進協議会のホームページhttp://tachibanakaidou.jpをご覧ください。当店にチラシもございます。