ソムリエ協会機関紙『Sommelier』”石田 博のペアリング探訪記” に掲載されました ~思想編~ 2/

石田さんとの比較も楽しい、私の経歴を少々。えぇ、生きていれば一応ございます。
取材では話せなかった、というか話さなくてよい小ネタも少々。

広島県出身。大阪の電気メーカーに就職。貯蓄に手間取り(時折手をつけ)予定より大幅に遅れて退職。
クイーンズ・イングリッシュとイギリスでしかできない何かの習得、現地で就労することを目的にロンドンへ。現地で知ったカレッジでウィンドウディスプレイを学び、カリキュラムに含まれていたデパートでのインターンを経験。在学中週末はカナダ人が経営するヴィンテージショップでアルバイトとして雇ってもらえた。オーナーに気に入られ就労ビザ取得。2年弱在住し何を血迷ったか貧乏学生、イギリスでお世話になった全ての人に感謝を込めて、現地で稼いだポンド(当時はユーロ導入前)を全て使い果たし帰国。
帰国後大阪でインテリアショップに勤めた。結婚を機に奈良に移住。中川政七商店に数年勤めた後、既に料理人修行中だった夫の助けになるかもとフランス料理店でアルバイトを始めキャリアスタート・・・・・・30代に入ってる上に主婦・・・・・遅っっっっ!!で、何?この経歴。
ちなみに取材に訪れた石田さんは父親のような存在感だったが、私との実年齢は兄くらいの差しかない。 

2007年夫の独立開業時、私はソムリエではなかった。

開店前にお世話になっていた奈良市のフランス料理店『ビストロ ル・クレール』でサービスの基礎と、同店で行われていた月1度のワイン勉強会に参加してワインの基礎を学んだ。ワイン勉強会は近隣のソムリエ資格を持つシェフが集まり行っていた会で、既に10年ほど続いていた。私は独立開業後ソムリエ・エクセレンスを取得するまで10年間お世話になった。フランスワインがメインだったのでしっかりとした基礎を教わることができ、大切な基準となった。

仕事と勉強会を通して自然に料理とワインの”マリアージュ”の楽しさに興味を持った。独立開業はパスタ専門店からスタートしたが、パスタとワインを気軽に楽しめるお店が近鉄奈良駅徒歩1分にあったら楽しいし嬉しい♪と思い、ワインを扱うことにした。

オープン時はソムリエ試験の受験資格にさえ達していなかった。教本などを見てもよくわからなかったが、ソムリエっていうのは各国のワインを自由自在に料理と合わせることができなければならぬと理想だけは高かった。試飲会に行ったりインポーターの協力を得てワインメニューを作った。『もし私がパスタ専門店のソムリエだったら』メニューである。イタリア、フランス、ドイツ、ポルトガル、アルゼンチン、チリ、南アフリカをラインナップ。今思えば、ナイスファイト!!

インポーターの営業マンは「パスタ専門店でワインは売れませんよ、正直!いや~、無理だと思うな~」と逃げ腰で「あら、そうなんですか?すぐにお支払いしますから。あと、売れなければ私の責任ですから大丈夫です」卸してもらえなかったら元も子もない、必死でお願いしたらいろいろアドバイスをしてくださった。

なければ売ることができないが、あれば売ることができる。意外と売れた。お昼でもパスタとワインを1杯。老若男女、ご近所さんも旅行者も、平日も休日も。だって、私だったらこういうの休日にしたかったもの。休日って人それぞれで土日だけではない。

パスタ専門店とはいえ、近鉄奈良駅徒歩1分で本当にパスタだけではさすがに不便だし面白くない。前菜、メイン料理、デザートも用意した。いずれも好評だった。そして、前菜からメインまで自然にワインの注文をいただいた。

驚いたことに、お肉に白ワインを所望されたり、魚料理に赤ワインと言われ、そんなことがあるのか!と目から鱗だった。試飲会に行っては来日したワイナリーの方にお肉に合う白ワインがないか聞いて回ったり「リグーリアの赤ワインは魚介にもいいですよ」と言われれば、やっと見つけた!と狂喜したり、まさに手探り状態。
そして、知識と経験が少なすぎるソムリエモドキなので試飲会でいちいち飲まなければわからず、近鉄奈良駅に帰り着きそこからたった徒歩1分の店まで帰れず、駅の改札内のベンチで夕方寝たことあり!職質ものだが30分ほど気を失って(爆睡して)目が覚めたら平然と楽しく談話している観光客に囲まれていた。日本って素晴らしく平和。

そうして少しずつワインメニューも自分なりにブラッシュアップしていく内、お客様の反応が変わってきた。イタリアワイン以外を喜んでもらえなくなったのだ。そして、アラカルトよりコース料理の要望が増えていった。
気が付けばワインメニューはほんの少しのフランスワインとイタリアワインになり、ソムリエ資格を取得した2010年にはイタリアワインのみになった。

イタリアワインはご存知の通り、20州全土で生産されており、その州ごとに代表的ブドウ品種とワインを有する、まさに ”エノトリア・テルス” つまり ”ワインの大地” である。その20州からワインを選ぶことはまるで旅をしているような気分。
世界旅行も素晴らしいけれど、統一して150年ほどのイタリアは20州の文化的個性が大変魅力的な国でワインを選ぶ際、文化や歴史、地理から食文化を読み解くことは非常に楽しい。
記憶力がまるでないため社会科と歴史が最高に苦手科目だった私には、考えられなかった自分の未来である。

既にソムリエの仕事は天職だ!と思っていたので合格は本当に嬉しかった。しかし、即座に気付いてしまった・・・え・・・終わってない・・・いわばワインカタログの目次が読める程度になっただけじゃん・・・。20代に修行していないしシニアソムリエ(現ソムリエ・エクセレンス)は必須だ!!
合格してから知ったソムリエ協会の会員に登録した。機関紙”sommelier”とセミナーから、全国のトップソムリエ、酒類生産者、シェフ、他業界のスペシャリストの思想と流儀を吸収した。ワイン専門誌やウェブサイトからも情報を集めた。
また、当時シェフがリストランテ イ・ルンガでのスタジエを始めて半年ほど経っていた。堀江シェフの精神からリストランテの真髄をここ奈良で目の当たりにできたことは、今でも奇跡だと思っている。

志は高く!ソムリエモドキの時からグラスワインでも ”マリアージュ”(結婚=調和している状態)を提唱した。説明しなくともマリアージュといえば料理とワインをコーディネイトしていることが伝わると思っていたが、雑誌などで目にする割に全く浸透していないことを知り驚いた。

知られていないならこれ幸いと、イタリア語の ”アッビナメント”(連結、結合)を独自に浸透させようとした。説明が大変になっただけだった。

2015年ソムリエ・エクセレンス取得。
そして現れた救世主のような言葉 ”ペアリング” 
カッコつけても伝わらなければしょうがない。マリアージュ、アッビナメントで苦労したことが嘘のよう♪と喜んだ。2017年にワインペアリングコースをメニューに載せた。2年ほど経ちいよいよ浸透してきたと思ったのも束の間、雲行きが怪しくなってきた。

ペアリングの注文を受け提供してもペアリングが成り立たない。

ペアリングという言葉は確かに定着したが、マーケティング用語として浸透し暴走を始めた。
なくなったら注ぎ足すというお店もあるので、飲み放題と勘違いする人。料理とワインがどう合うのか実は興味がないため、料理とのペースを合わせることが理解できずペアリング総崩れの人。ペアリングコースを注文し「じゃ、最初は泡からいきましょうか」とご自分でペアリングを始める人。二人で同じワインを飲むから“ペアリング”だと思っていた若いお客様も・・・可愛い・・・。

料理との相性ばかりではない。料理の仕上がりのタイミングに合わせて、グラス選びから温度や量、飲み頃まで考慮して出したワインが、目の前でただ消費されていく光景。ワインと全ての生産者に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
お客様からすれば流行っているから頼んだだけなのに、ルールを押し付けられたような堅苦しさを感じていたかもしれない。

海外では日本のペアリングを “テイスティング(試飲)コース” と半ば揶揄していると知り、まさに私が日々感じていた違和感がそこにあった。腑に落ちた瞬間、2020 年メニューからペアリングコースを削除した。2017 年にオンメニューしてからやっと認知度が高まったタイミングだったが、迷いはなかった。

現在ペアリングはレストランに限らず、コーヒーやチョコレート、デザートなどの業種でも聞かれるようになった。

ペアリングコースがメニューに明記してあろうがなかろうが、私はモドキ以来変わらずグラスワインでもカラフェ提供でもボトルでも、頼まれなくてもアッビナメント、つまりペアリングを考慮してワインを選びお客様に提案してきた。ワインは食事と共に食卓にある、それがイタリアの食文化であると理解している。
アピールはせずさりげなく、ワインの説明は一言で。お客様が余計なことを考えず、各自自由なペースで好きなように楽しめるよう水面下でペアリングすることが、私の今のソムリエスタイルだ。

ペアリングの取材なのにこれじゃ詐欺!とならないよう事前のレジュメに明記したのでご安心を。そして石田さんの記事にはこう書かれていた。

多様性と地域ごとの食文化はイタリアの大きな魅力、それを少しでも伝えたい。ワインと共にあって料理が完成するとも考えている。ペアリングは飲み手に時に重圧をかけてしまう。グラスワイン、カラフェでお客様のペースに合わせてご用意したものが料理と楽しめる、という形を取っている。

完全に私が言いたかったことをたった数行で・・・。
恐れ入ります。

・・・・・・つづく・・・・・・

ソムリエ協会機関紙『Sommelier』”石田 博のペアリング探訪記” に掲載されました ~いきさつ編~ 1/

人生、時として予想もしないことが起こる。

ソムリエ協会機関紙『Sommelier』(2022.11.NO189)”石田 博のペアリング探訪記 Series4” に掲載された。つまり、ソムリエ協会副会長 石田博氏が、ここ奈良のリストランテ ボルゴ・コニシ ソムリエ・エクセレンス 山嵜愛子の取材にお越しになったということだ。取材は2022年9月末だったのだが、現在我が人生ダントツ一位のご褒美といっても過言ではない。

ここで石田博氏について経歴をご紹介させていただく。

石田 博氏:1990年「ホテルニューオータニ」入社、1994年「トゥールジャルダン東京」配属。「ベージュ アラン・デュカス東京」総支配人、「レストラン アイ(現KEISUKE MATSUSHIMA)」シェフソムリエを歴任後、2016年「Restaurant L’aube(東京・東麻布 レストランローブ)」開業。現在「ホテル雅叙園東京」顧問、「HUGE」コーポレートソムリエ。(一社)日本ソムリエ協会副会長として人材教育を中心に活動しソムリエ職の地位と質の向上に努める。数々の執筆や著書多数。
2014年内閣府黄綬褒章を受章
1996,1998,2014年 全日本最優秀ソムリエコンクール優勝
2015年 アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクール優勝
2000年 世界最優秀ソムリエコンクール第3位入賞
2016年 世界最優秀ソムリエコンクールセミファイナリスト 

要するに、スーパーマンです。日本を代表する世界トップクラスのソムリエで、今だトップランナーである上に多くの若手ソムリエを育成するという、類まれな人物である。・・・・このような方が、山嵜愛子の何を取材するというのか・・・・・(失神)

掲載誌である日本ソムリエ協会発行の機関紙『Sommelier』とは、日本ソムリエ協会の会員や関係各社に隔月で送られてくる情報誌である。ワインはもちろん、酒類、関連業界、飲食業に関連する社会情勢や政治経済など業界の”今”と概要を知ることができる。
書店には並ばない。よって当ブログでは今回の取材のテーマでもある私の ”日々の業務やペアリングに対する思想と流儀” を取材体験を交えながらお伝えし、ボルゴ・コニシの活動の一部をご紹介できたらと思う。

それにしても何がどうしてこうなったのか。人生何が起こるかわからない。そもそもソムリエになることも経営の片棒を担ぐことになることも全く予想していなかった。その上、だ。
7月上旬、それは唐突な短いメールから始まった。

ソムリエ協会編集部からのメール、しかも個人宛とは、恐る恐る開いてみた。短いメールの中に目を疑う一文が。
「石田副会長からのご指名ですので、是非取材のご承諾を・・・」

・・・・・・・・なぜだ、なぜだ?ご指名とはどういうことだ、有り得ない!!SNSの個人アカウントも持っていない、故にフォローなどで万が一にも見つかるはずもない。唯一考えられるのは、シェフ山嵜が石田さんをフォローしているからか。それでも、大勢の中の一人であり有名で多忙なスーパーマン 石田さんからすれば気にも留めないはずだ。(汗汗汗)

これについては取材当日、石田さんに半ばドラマチックな答えをうっすら期待しつつ伺ったところ「ソムリエ・エクセレンスで、地方のお店で、こう言っては申し訳ありませんが有名ではない方、つまり広く知られていない方、という条件です」
すっきりと迷いのない大変良い声と紳士の微笑で、爽快な風の如し。
はい、それは間違いなく私です。

さて、メールを受け取りすぐに了承の返信を送ろうとした・・・待て!
書店には並ばないが、逆に読者は専門家比率が高い。お世話になっている業者さんとかインポーターさんとか、ご迷惑になることはないか。それ以前に、石田さんがわざわざ奈良に来てがっかりなんて絶対ナシ!!!

それにこの石田さんの数年に渡る連載は4シリーズ目に入ったところで、ここ数号今までになく一流店が続いている。資生堂パーラー、ジョエル・ロブション、三井倶楽部、そして、ボルゴ・コニシ?????おかしい!ツッコミどころ満載すぎる。誰も石田さんを止めなかったのか?
ちなみに2店舗ずつ掲載されるのだが、ボルゴ・コニシが一緒に掲載されていたのは、星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳だった。
これらのお店は前述の石田さんのお店の選定条件に当てはめるとこうだ。「一流店のソムリエとシェフって、どんな人?その人の思想と流儀、私も知りたい、取り入れたい!」これは私の心の声でもあるのだが、それとボルゴ・コニシと、違う!全然動機が一致しない!

「すみません、間違いでした」と言われる前に私は急いで了承した。こんなチャンスは二度とないし、恥をさらそうが構わない。ベストを尽くすまでだ。
シェフはメールが届いた時点で「ヤッター!石田さんに食べてもらえるの、凄い!!あれもいいな~、でも季節が違うか・・・取材の日ってどんな気候?あんまり胃腸に負担かけない方がいいよな~、ワインも飲むし忙しいだろうし。でもあれは外せないなぁ。あ、もちろん取材受けるよね?」
・・・・・料理コンクールでイタリア人シェフに食べてもらえるとわかった時と全く同じ反応だ。

ペアリング探訪の大きなテーマであるソムリエの ”思想” と ”流儀”。リストランテ ボルゴ・コニシのソムリエとして大前提にある流儀は、”まず料理ありき” だ。
シェフの料理選定においてコンクール優勝の栗とラルドのリゾットは必須だったので、提案された取材日の選択肢から栗の収穫スタートに合わせて最も遅い9月下旬にしてもらった。それでも栗が入手できるかどうか、今年の天候にかけるしかない。

準備期間は2ヶ月以上ある。料理は11月掲載を考慮しつつ、シェフ山嵜の ”これだけは食べて欲しいベスト4” 。この際、徹底的にベストワインを見つけることにした。ただ合うワインではなく、料理と合わせることで更に幸せになるワインのロジックを見つける!!

始まりました、目標に向かってひたすらテイスティングとペアリングの日々が。
各料理に合うと思われるワインを様々な角度からピックアップし実際の営業で提供しつつ、休憩時間に取材用の料理を作ってもらって検証を重ねた。
日々の業務をより丁寧に振り返り見直す。基本のテイスティング、グラスと温度による変化、開栓から日々の風味の移り変わりとヴィンテージや醸造方法との関係を探っていく。改めて更に細かく、そのワインの特徴に合わせて料理との組み合わせを絞っていった。

正直、このような検証は通常不可能である。新たな料理を試食する際はグラス提供用に抜栓したワインで、ある程度合う合わないの見当をつけ探っていく。だが、レシピが完成した料理を、ワインに合わせてみたいから何度も作ってもらうなどということはあり得ない。
またワインを開けたからには、ソムリエとして責任をもって売らねばならない。通常は料理ありきだが、今回ばかりは開けたワインに合う料理を優先してコースを組み立ててもらい、フードロスのないよう検証をすすめた。

毎日続けるうち、出るわ、出るわ、自分の未熟さ、いい加減さ、無知さ、ひぃぃぃぃぃ~。恥ずかし、恥ずかし、あぁ、恥ずかしい。

昔から、国家資格などを除いて日本の資格試験というものに懐疑的だった私が、なぜソムリエになったのか。
ことソムリエについては実際見たこともなかったし興味を持つ機会さえなかった。ホテルなどに就職してたまたまレストランに配属されワイン担当になった人をソムリエと呼ぶのだろうくらいに思っていた。
だが、実際は違った。受験する際、既にワインや酒類に関して一定期間以上の実務経験と受験時に現役であることが条件だと知り、先に経験が必要だということに驚いた。合格率も受ければほぼ合格というものではないし、4択のマークシート方式で、受けてみるとわかるが勘ではまず当たらない非常によくできた選択肢なのだ。そしてソムリエ・エクセレンスに至っては容赦のない切り捨てようで、合格率は悲惨としか言いようがない。だからこそ実際本当に役に立つ。
もちろん、資格がなくてもワインを販売して良いしソムリエのような仕事をしても構わないが、有資格と無資格ではそれこそ思想や流儀に差が出てくるように思われる。

資格を取得してからが新たなスタートだ。特に試験のために得た知識は、実務に於いて威力を発揮する。ソムリエとしての思想や流儀は、機関紙やセミナー、ウェブサイトや雑誌の情報、レストランで実際に食事をすることなどから日々取り入れていく。

こうしてワインと無縁だった私がソムリエという職業に出会い、イタリア料理という食文化に携わることで人生が豊かになった。実務では自分の至らなさと改めて直面し卒倒しそうになりながら、現実逃避的にあれこれ考えながらやっと納得できるところまでたどり着いた。石田さんにレジュメを送信できたのはご来店数日前だった。
取材の所要時間は2時間。その間に私たちの経歴、ソムリエの思想と流儀、4皿の試食とワインペアリング、このハードスケジュールをこなすため私の勝手な判断でレジュメを作成した。寸前に頼まれていないものを逆にご迷惑では、と悩んだが取材メモの短縮になればと思い切って送った。
掲載された記事の最後 ”取材を終えて” にこう記されていた。

取材の数日前に送られてきた資料には料理の詳細、ストーリー、ワインのテクニカル情報、ペアリングのアプローチが丁寧に記されていた。ソムリエ・エクセレンスの名に相応しい、まさに卓越した仕事だ。

身に余るお言葉・・・・・。本当にありがとうございました。

・・・・・・つづく・・・・・・・


第12回全国イタリア料理コンクールで優勝するまで④~優勝リゾットができるまで~

研修を終えて

研修から帰って、まずコック帽をかぶることにしたらしい。今更ですか。本人曰く案外便利だそうだ。何より、短髪を保たなくてよい。
しかし、厨房はそのように想定して設計されていないため、あちこちにぶつけている。

そして、リゾットを作ることが増えたし得意になった。さすがにアマランテシェフのサフランのリゾットが何故あのようになるのか、今のところ奇才イタリア人シェフだからだ、としか言いようがないので解明に時間を要するが、シェフ山嵜のリゾットもなかなか自慢できるレベルになった。
一度食べたお客様からその後来店の都度、必ずリゾットを所望されたり、海外からのお客様も含めて非常に評判が良い。
賄いでは奈良県産の5分精米を使ったリゾットをいただくことがあるが、完璧なアルデンテだ。日本米でもアルデンテを容易に保てるようになった。

最後の最後にお待たせしました、遡って優勝リゾットについてご紹介します。

第12回全国イタリア料理コンクール2021 エントリー受付中!今年のテーマは「カルナローリ米」を使ったイタリア料理!リゾットやアランチーニなど、得意なお米料理で挑戦してください! ”

事の始まりは昨年の2021年9月に突如届いた1枚のFAX。コンクール応募締め切りまで2週間だった。応募を決めたのは、審査員全員がイタリア人のシェフであるということ、これを機にリゾットにいよいよ向き合ってみよう、という2点だった。

その後、予期せぬ優勝とJapan Olive Oil Prize賞までいただき、副賞としてアルマーニ/リストランテ銀座にて1週間の料理研修の機会を得たことは、前回までのブログの通り。

予選出品作品は『Risotto al Lardo di Colonnata』

シェフが初めてリーゾ・パルマを食べたときの感動を、新たな表現で再現したいと思い考案した。米を主役にすべく少量でも味に深みが出る食材、ラルド・ディ・コロンナータ* を細かく刻んで仕上げのマンテカーレに使用した。バターは使わず、通常のリゾットでは考えられないごく少量使うチーズはピエモンテ州産ラスケーラ・ダルペッジョ。胡椒、大和橘のピール、香草オイルで仕上げた。北イタリアのリゾットではなく、米を野菜として捉え南イタリアの調理法を取り入れることで米の旨みをぐっと引き出した。

*ラルド・ディ・コロンナータ;トスカーナ州の集落コロンナータで生産されるラルド(豚の背脂の生ハム)で、この地域の特産である大理石で作った箱に入れて熟成されたもの

そして予選通過の知らせと共に、テーマの変更が伝えられた。
カルナローリ米をたっぷり使えるよう、通年食べられるようなレシピにしたのだが。

”秋を感じさせる”イタリア料理を!”

ラルドのリゾットはどうしても発表したかったので、加えられる秋の食材といえば栗だ。とはいえ、決勝戦当日は11月末で生の栗の入手が可能か微妙。
ひとまず指定のGallo社のカルナローリ米を手配した。予選のレシピは他社のカルナローリ米で作っていた。
”栗” と ”Gallo社” のカルナローリ米にこの後とんでもなく悩まされるとは、このとき予想もしなかった。それまでのリゾットを食べた経験と作った経験が圧倒的に少なかったからに他ならない。

Gallo社のカルナローリ米が届いてみると粒の大きさが全く違う。大粒で見るからに美味しそうで期待は高まるばかり。そして、予選通過のレシピでまずベースのリゾットを作り・・・・・

青ざめた。完全にレシピ崩壊!!再現すらままならない上、栗はどうする?調べるとやはり和栗のシーズンがほぼ終了している。

栗はイタリアの栗、シーズンぎりぎりの生の和栗、勝栗(干した栗の実から殻と渋皮を除去したもの)、焼き栗、あらゆる栗を取り寄せ片っ端から試した。
結果、イタリアの栗と生の和栗が必須とわかった。11月末ぎりぎり手配できる生の和栗が茨城県にあった。
大変美味しいのでここでご紹介させていただきます。
岩間の栗や 小田喜商店
この栗を知ることができただけでも大きな収穫だ。

さて、食材は揃ったものの肝心のレシピが崩壊したまま、最初の味がどうしても出せない。とにかく作っては食べ、作っては食べ、少しずつ調味料の分量や調理方法を変えながら微調整が続いた。ブレないレシピが完成したのは、なんと決勝戦2日前、奈良を発つ前日11月23日の朝!!

22日、ソムリエ・エクセレンス山嵜の採点は65点だった。数日前から賄いの時間だけでは足らず、朝一や夜の営業後も時間があればリゾットを作っては食べ、作っては食べ、翌朝には余ったリゾットをオムライスにし、また作る、食べる、作る、食べる。
なんせ、ソムリエ山嵜は「これじゃない」「ラルドの感じがもうちょっと、こう、なんていうか・・・」「香りはこうで、食感はこうで」と言うだけなのだ。ただ、かなり微妙な違いがわかる上、店とシェフ山嵜のためになるなら妥協しない。

22日の試食はその後75点から上がらず、もうこれ以上米は無理無理無理無理!!と限界を迎えた夜、おもむろに山嵜が沢山の蔵書から1冊の本を手に取った。
ある一節を読んだ直後に作ったリゾットを食べて、私たちは歓喜の声を挙げた!!
翌日そのレシピを数回繰り返し、ブレなかった。その次の日、決勝戦のため東京へ。そして優勝へと至った。

シェフ山嵜がこの料理を思いついた原点に戻るため開き、目が覚めた1冊は『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』(池田匡克著 河出書房新社)の160頁 ”Nord che vuole diventare Sud 南になりたい北” の一節だ。

ことばに助けられた。ことばの力の凄さを痛感した。
シェフ山嵜が料理を学ぶとき最も大切にする ”その料理人の思想を学ぶ” が活きた。

決勝戦のリゾットは『栗とラルドのリゾット 大和橘の香り』

野菜の旨みをシンプル且つ的確に引き出すナポリの調理法を米に応用した。にんにく、パセリの茎、チーズの皮、唐辛子で風味付けし香りや旨みをまとわせた米と栗を水で煮ることで、米本来の甘みや旨みを最大限に引き出した。仕上げに加えるラルド・ディ・コロンナータと栗のペーストが、マンテカーレによって優しいソースとなり米を引き立てる。削った大和橘と香草オイルが爽やかさや複雑味を演出し、かすかな唐辛子の辛味が全体の味を引き締める一皿。

今回の優勝によりソムリエ山嵜のテイスティング力にも自信がついたし、イタリア修行経験のないシェフ山嵜のイタリア料理の解釈が間違っていないという裏付けにもなった。
これからも活字と世界中のシェフ達の料理動画の行間から思想を読み取りながら、イタリア料理と文化を誠実に追及していく所存です。


第12回全国イタリア料理コンクールで優勝するまで③~アルマーニ/リストランテ銀座 実食レポート~

アルマーニ/リストランテ銀座での食事は言わずもがな、素晴らしかった。
見た目の楽しさ美しさのみならず、主となる素材が明確で他の全ての素材が皿の上で的確な役割を果たし一皿の味わいを演出している。いずれのお料理も隅々までエレガントで美しい味わい。

そして、特筆すべきは香り。厨房から客席のある大広間まで距離があり、私たちの席はその中で最も厨房から離れていたが、どのお料理も香りが素晴らしい。持論だが、香りのよい料理にまずいものなし。

遊びゴコロ満載かつ味わい深い『アミューズ』のワンダーランドに始まり、


『ホタテ貝 ほうれん草とブッラータ 黒トリュフのソース』の口福すぎるハーモニー、


『カンデラ ジェノヴェーゼ』の高次元な表現力、


『甘鯛 プランクトンとショウガソース』の味のグローバリゼーション、


『牛ほほ肉 燻製ジャガイモエスプーマとキノコのバリエーション』では、的確な燻製の意義と美味しさを初めて体験した。


これまで私にとって燻製とは、妙な香りをつけてどういうこと?と永らく疑問だったし、人生早々から食べることをほとんど避けてきた。この一皿をいただいて、これが燻製ということ?素晴らしい、と腑に落ちた。燻製という調理法による調味料的役割があることを知った。

そして、スペシャリテ『サフランのリゾット』!!

高品質なサフランは香辛料として馴染みのある香りではなく、花そのものを想起させる。リゾットを口に含んだ時の重層的な香りと味わいに心底驚いた。忘れられない一皿となった。こんなリゾットは初めてだ。

実は、サフランのリゾットが一番の目当てだったので組み込まれたコースを予約したつもりだったが、テーブル上のメニューに書かれていない。どうやら間違って予約したらしいと気付き、がっくし。東京に来るなど次はいつになることやら、コースを乱して大変申し訳ないが単品で追加するしかないかと悩んでいたら、「シェフからです」とサフランのリゾットを出してくださったのだ。大変恐縮です。

五感を潤す料理に欠かせないのがワインだ。ソムリエ・エクセレンスなのでお酒に強いと勘違いされるのだが、弱し。年齢を重ねるごとに例にもれず「良いものを少しだけ」となっている。今回のように旅先でなければ多少無理もできるのだが・・・。

料理の中盤から後半にかけて、グラスワインの白を1杯お任せでお願いした。イタリア人であろう男性ソムリエがいらっしゃる。いよいよ、イタリア人ソムリエの推奨するイタリアワインとのアッビナメントが体験できる♪と期待はマックス。これが私の今後のワインセレクトの指標となるのだ!!

注がれたワインは、なんと!!南仏ローヌのマルサンヌ!!イタリアワインではない!!!

さて、このセレクトに込められたメッセージやいかん。これこそソムリエにお任せする醍醐味なのだ。
ワインは香りが穏やかで味わいもまろやか、少しとろりとした食感があり特に際立った特徴はないが落ち着きのある味わいで、安心して杯が進んでしまう。つまりこのタイプは、大変料理に合うことが多い。

料理と合わせてみると、なるほど!
アマランテシェフの明確なテーマをもつ香りと素材の協演が表現された料理に、なんと紳士的な名脇役!ちなみに、ソムリエの方が紳士そのもの。
特にメイン料理『牛ほほ肉 燻製ジャガイモエスプーマとキノコのバリエーション』とのハーモニーは素晴らしく、各演奏家が個性を存分に発揮するのをいとも簡単にまとめ上げる名指揮者のよう。そしてその存在感と包容力は絶大で、ワインが有るのと無いのとでは大違いだ。
そもそも敢えて南仏ローヌの、しかもマルサンヌというこの一本を選ぶことは非常に難易度が高い。

このワインに代わるイタリアワインは何だろう。
香り味わいとも穏やかながら存在感があり紳士的エスコートでメインの肉料理にも寄り添える・・・・トスカーナ州ヴェルナッチャ・ディ・サンジミニャーノが浮かんだ。そして、マルサンヌとの違いは香りの強度だと思った。穏やかに思えるヴェルナッチャの香りさえも強い、もっと香りを抑えたかったのではないか。

あ~、最高、楽しかった!
ちなみに答え合わせなど無粋なことはしない。沢山飲めない私に選んでくださった1杯のワインは間違いなくお料理に合っていたし、私には到底思いつかないセレクトだった。
栽培から醸造を経てボトルに詰められたワインが、一人のソムリエの目に留まりベストな状態で注がれた、それを世界トップイタリア料理シェフの料理と共にいただける。これ以上の幸せがあろうか!!

プレドルチェ『シトラス オリーブオイルのグラニテ』の料理の余韻に寄り添う可憐な優しさにうっとり。

そしてドルチェは、完全球体の『ティラミス』

もう、どうなってるの?
軽やかな食感ながら、しっかり満足感のある味わいで理想的な締めくくりだった。
レストランにパティシェチームが常駐する贅沢の極みだ。自家製のパンや最後のお茶菓子など隅々まで妥協のないアルマーニワールドを体感できた。

食後アマランテシェフがテーブルまで来て下さり、リゾットの感動を直接お伝えできて嬉しかった。帰りにはお忙しい中、全員でお見送りいただき本当にありがとうございました。

エレベーターを降りるとチョコレートのお持ち帰り『アルマーニ/ドルチ』
もう買わないわけがない。
シンプルなデザインながら、奥深く、どこにでも有るようでどこにも無い個性のある味わいは、一貫してオーセンティックを追求するブランドイメージそのものだった。

関西では、なんとこのパティシェチームを率いる秋山シェフによるカフェメニューを味わうことができる。心斎橋パルコ2Fのエンポリオアルマーニカフェだ。特に季節ごとのパフェがおすすめ!!!強くおすすめする!!!
秋山シェフの脳内どうなってんの?????というくらい、とてつもなく複雑な素材の組み合わせの上、その全ての素材が明確に役割を果たす神業・・・アマランテシェフが全幅の信頼を寄せるのも頷ける。

お料理は2022年3月時点のメニューで、今更やっと走り書きメモを元に書いているが、つい先日のことのように思い出せる。
素晴らしいときと感動をありがとうございました。





第12回全国イタリア料理コンクールで優勝しました①~アルマーニ/リストランテ銀座での研修を終えて~

3月1日から一週間、第12回全国イタリア料理コンクール優勝の副賞として、アルマーニ/リストランテ銀座にて研修を受けた。お忙しい中、アマランテシェフを始めスタッフの皆様には大変多くのことを教わった。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

カルミネ・アマランテ シェフと。

イタリア語はできなくて大丈夫と言われていたが、実に料理人の半数がイタリア人で日本人もイタリア語や英語が堪能、厨房内はイタリア語と英語が飛び交っていた。日本語も怪しい上に他言語がまるで苦手な山嵜のために、指導担当の方が全体的なお世話をしてくださった。

成田さん、1週間お世話になりました。

さてその後、研修で見聞きしたことを片っ端から実践し、新たなメニューが続々と誕生している。たった一週間の研修で?と思われるかもしれないが、シェフ山嵜のスポンジのような吸収力は尋常でない。

これは2009年末から2016年4月まで自店の定休日を利用して、東大寺の前にあった『リストランテ イ・ルンガ』(現在、東京二子玉川に移転)にスタジエ(研修)として厨房に通わせていただいた経験があったからこそだ。永い間、本当に沢山のことを教わった。
リストランテとして成長し15年お店が存続できていることも全て、スタジエとして温かく迎え入れてくださったリストランテ イ・ルンガの堀江シェフ及び当時のスタッフの皆様のおかげだ。
ここで改めて、リストランテ イ・ルンガのシェフ堀江純一郎氏に心から感謝申し上げます。その節は大変お世話になりました。
ちなみに余談だが当コンクール本選寸前に、奈良に仕事で来られていた堀江シェフに偶然お会いし嬉しいやら心強いやらで舞い上がり、ここぞとばかりに質問攻めしたようだ。この場をお借りして心よりお詫び申し上げます。

本題に戻る。
意外と熱い男、シェフ山嵜のスポンジ力に気付いたのは、リストランテ イ・ルンガでのスタジエ1日目を終えた翌日だ。賄いのパスタがそれまでとは全く違う味になった。賄いはただの食事ではなく、新たなメニュー開発につながる大切な試作だ。
私は当時、山嵜のパスタは十分美味しいと思っていた。だからこそ独立したのであるが、たった1日でこんなに違うのか?と驚いていると「こんなんじゃない!こんなんじゃないねん!!!!凄いねんって。なんでできないんや!!(ドドド怒怒怒ドドド)」そして、来週まで待てない、もう一回聞いてくると息巻いているではないか。
それから翌週月曜日までの1週間、何度も同じパスタに挑戦しスタジエ2日目を迎えた。その翌日も、その翌週の火曜日も、みるみるうちにパスタが美味しくなっていった。休み返上で大丈夫だろうかと思いながらも、もっと美味しくなるのかしら、どこまで美味しくなるのでしょう、と半ば楽しみに見送っていたがまさか6年半も通うとは!前半3年間は毎週月曜日、その後3年半は月1,2回通い続けた。お店をやりながらなので体は大変だっただろうが、その時の経験は何物にも代え難い。

そんな前例から、今回のアルマーニ/リストランテ銀座での1週間は、短いながらも大いなる収穫があると想像できたし、その通りだった。また逆に1週間しかないので、研修1か月前から質問を溜め、万が一の賄いの練習や公開されている予約用のコースメニューから調理法を予測し想像を巡らせたり、できる限り準備をした。
更には、根幹にあるジョルジオアルマーニのコレクションやブランド誕生からの経緯、インテリアデザイン、そしてリストランテにまで至るアルマーニワールドの一貫したコンセプトから、真の美と心地よさの飽くなき探究心を感じた上で臨んだ。

奈良に戻って最初の賄いの味が、またもグレードアップしたことは言うまでもない。
燻製したり、七輪を持ち出して炭火を使い始めた。私は、燻香は味わいに効果的どころか邪魔だと思っていたが、程よく絶妙な燻製は素晴らしい調味料になると始めて知った。自家製のリコッタをアッフミカータ(燻製)してポモドーロに添えたパスタをランチで提供したところ、大変好評である。

パンも変わった。アルマーニ/リストランテ銀座は、パンも全て自家製で一度に300個作る。あのレストランの規模でランチもディナーも営業、その上カフェやバーメニューも用意し、パン数種も全て自家製でそれを約10名でこなす。驚異的なチームワークだ。料理だけでなくパンやドルチェ、小菓子の作業も体験させていただいた。特に自店でパンを焼く効率が格段に上がった。

秋山シェフ率いるドルチェチームと。女性も大活躍!!

とにかくアルマーニ/リストランテ銀座のスタッフの極限まで絶対に気を抜かない、その集中力と美意識の高さに驚いていた。そして全ての料理が皿に盛られる前に必ずアマランテシェフの味見により調整される。同じメニューでも毎日毎回必ずだ。数テーブル分づつ作った場合も毎回だ。
山嵜のように一人で料理するなら味見は当たり前だが、アルマーニ/リストランテ銀座のような大きなお店では通常、レシピが決まれば時折抜き打ちで味見したり、調理しているところを見ておぼつかないと感じれば確認するくらいだろう。毎回皿に盛る前に総料理長自ら必ず味をみるということは聞いたことがない。アマランテシェフが味付けの微調整を指示し、手直しされてから皿に盛られる。アマランテシェフの高い美意識と責任感がチームの士気を高め保っている。

料理チームと。

神経張り詰めた厨房も、全員で大きく高い目標に向かい精一杯仕事をした後は、皆さまなんと清々しい笑顔。精鋭揃いって、すごい。
こうして最終日に意を決して皆様に撮影をお願いしたのだが、もたついている間に帰ってしまった方がお一人。実直で仕事に真摯に向き合う姿が印象的だった、女性料理人ラファさん。本当にありがとうございました。

研修最終日、お題が出された。アマランテシェフと右腕であるブルーノシェフにパスタを作ること。

ブルーノシェフと。

手打ちパスタ ”アリオーネのピーチ” を作った。多言語当たり前のグローバル料理人チームを率いる、世界トップレベルのイタリア人シェフに、1週間で信頼を得ることは到底不可能だが、心を込めた料理を作ることは15年、いや、修行中含めて26年間、毎日毎皿ベストを尽くすことを怠ったことはない。そして、いつものように今一番美味しいと思えるパスタを作るだけだ。

お二人から「クラシックで美味しかった。ありがとう。」とお言葉をいただき、ほっと胸をなでおろした。

さてお待ちかね、研修後のアルマーニ/リストランテ銀座にて、一週間見て聞いて教わったことの集大成を体験すべく、答え合わせの食事♪
よっ、待ってました♪ わたくしも上京♪ ご相伴にあずかります。

つづく・・・・・・・・

インタビュー、文:山嵜愛子

第12回全国イタリア料理コンクールで優勝しました~プロローグ~

2021年末、日本のイタリア料理界において大変明るいニュースが飛び込んできた。

『ガンベロロッソ Gambero Rosso』といえば、ご存知の方も多いであろう。イタリアのグルメ専門出版社が毎年発行する、イタリア国内にあるイタリアレストランガイドである。
そのガンベロロッソの国際版、つまりイタリア以外の全ての国にあるイタリアレストランを対象とした『ガンベロロッソインターナショナル Gambero Rosso International 』2022年版 ”TOP ITALIAN RESTAURAN AWARD” にて、アルマーニ/リストランテ銀座が初登場にして最高位の3フォークを獲得し、世界中のイタリアンレストランのトップ20に選出された。
更に、同アルマーニ/リストランテ銀座のエグゼクティブシェフであるカルミネ・アマランテ氏が、世界でたった1名にのみ贈られる ” The chef of the year ”に選ばれるという、ダブル受賞という快挙を成し遂げた。

一見、ボルゴ・コニシと全くかけ離れたきらびやかなこのニュース。ささやかに関わっているとすれば、シェフが自分の結婚式で着たスーツがアルマーニだったことくらいだ。もちろんレンタルだったが、当時25歳の若造には早いのでは、と思いつつも勧められるまま着て、あまりの心地よさに驚いたのは良い思い出になっている。ジャケットなど買うときは「あの時のスーツが一番良かった。」と言う。そりゃ、そうでしょ。だがしかし、そうはいかんよ、君。

人生とは不思議なもので現在、25歳の当時全く予想していなかった日々を送っている。

リストランテ ボルゴ・コニシ オーナーシェフとなった山嵜正樹は、2021年11月25日㈭東京で開催された在日イタリア商工会議所主催『第12回全国イタリア料理コンクール』にて優勝、及びオリーブオイルの使い方が最も優れていたシェフに贈られるJapan Olive Oil Prize賞をダブル受賞したのだ。
そのコンクールの審査委員長を務めたのが、冒頭のアルマーニ/リストランテ銀座のエグゼクティブシェフであるカルミネ・アマランテ氏 その人だった。

*コンクールにおけるカルミネ・アマランテ氏のコメント*
”イタリア料理の大切なことは、自分の創造した料理を自分の独自の芸術作品として誇りを持ち、常にテーマやコンセプトにこだわって、自分自身の言葉で語ることができる正真正銘のイタリア料理を作ることだ。今回は、甲乙つけがたい若手のイタリアシェフたちの熱い戦いであった。いろいろな工夫を凝らしたものも多かったが、王道のリゾットのスタイルを独自のセンスで際立っていた山嵜シェフに栄冠を与えた”

審査委員長 アルマーニ/リストランテ銀座 エグゼクティブシェフ 
カルミネ・アマランテ氏と

今までの人生で最も嬉しいお言葉をいただいた。感無量である。

2007年の創業以来、縁あってイタリア料理店を奈良で営んでいるわけだが、イタリアからすれば外国人が外国でイタリア料理を提供するという、日本特有と言っても過言ではない状況である。だが、その美味しさや素晴らしさ、楽しさを知り、気づけば生業になってしまった。
そうなったからには責任を負うことになる。
心掛けていることはただ一点。イタリアの文化や伝統料理、食文化と真摯に向き合うことだ。想像力を働かせイメージを膨らませる。もしイタリア人シェフなら奈良でどうするだろう。

イタリア文化に関する書籍やレシピ、キッチン用品やYouTubeの調理動画、オペラ、美術展、デザインや建築、アート作品、洋服、テキスタイル、皮製品。彼らのセンスの良さにはつくづく感心し感動を覚える。そのセンスは表層的な派手さがないことも多く、一見地味なことさえある。しかし、どこか本質的な心の豊かさを感じさせるようなセンスの良さを感じる。奈良にもそのようなところがある。それを自分の料理に反映させてきた。
できた料理が自己満足ではなくイタリア料理として成り立っているのか、その答えを出してくれるのがイタリアワインだ。

こうして日々試行錯誤してきたことが、イタリア人のシェフから評価いただいたことで、これで良かったのだと自信につながり今後の指針ともなった。

さて、優勝の副賞としてアルマーニ/リストランテ銀座で1週間の研修を受けることになった。短い期間ではあるが、アマランテシェフの料理哲学を通してイタリア料理の本質を垣間見たいと思っている。

*研修期間中3月1日㈫から10日㈭まで、臨時休業致します。