當麻寺練供養会式に行ってきました

5月14日(*2019年からは4月14日)、當麻寺練供養会式に行ってきた。

十数年前奈良に引越してきて、電車の車内ポスターでひときわ目を引いた練供養会式。最初見た時は、冗談かと思った。だって、青空の下、金ぴかの観音様が何やら舞いながら歩いている。まさか、千年以上も続く伝統行事であるとは、大真面目だったのか。しかも當麻寺は、現在の地で681年から続く由緒あるお寺である。広島県出身の私には、何もかも驚きである。

そして、遂にきた!月曜日の5月14日が!!GO!!

観光客ばかりでなく、若宮おん祭と同じように、近隣の学校は午後お休みなのか、屋台がたくさん出ており、大勢の子供たちやお母さんたちでにぎわっていた。

まずは、本堂や金堂、中之坊を拝観。金堂の弥勒菩薩像と四天王像は、何度観てもすばらしい・・・・。奥院宝物館では、この二十五菩薩来迎像が見られる。

中之坊では、数輪だが蓮が咲いていた。

池の水の底に生えているらしいもみじと、水面に映ったもみじが幻想的。

いよいよ、16時、練供養会式が始まる。この行事は、正式名を聖衆来迎練供養会式(しょうじゅう らいごう ねりくようえしき)という。當麻曼荼羅を一晩で織り上げたといわれる伝説の女性、中将姫が29才のとき、二十五菩薩の来迎により極楽浄土へ導かれた、現身往生(その身のまま往生すること)を再現した行事である。毎年、成仏されたとされる旧暦3月14日である現在の5月14日(来年から4月14日)に行われる。法会は、本堂(曼荼羅堂)から娑婆堂を結んだ来迎橋(架け橋)の上で行われる。

西日がまるで後光のようにさす本堂から、まずは中将姫登場。

撮れていないが、この神輿の中に中将姫坐像が鎮座している。

続いて、お稚児さん、雅楽団、僧侶の登場。美しい。

白いお顔の天童(天人)に導かれて、いよいよお出ましだ、二十五菩薩!!皆さま、視野が極めて狭くなるため介添えの方が付いている。足元がおぼつかないご様子で、まるで二日酔いのように見えたりして、あまりに親しみやすくかわいらしい。係の方いわく、千年以上続くうち、お一人もまだ、つまづいたり落ちたりしていないので、相当プレッシャーもあるとのこと。

逆光のため、後の浄土へお帰りの画像をご覧いただくとして、最後3名の菩薩を残し、娑婆堂前に一同勢ぞろいされた。介添え人の方々が、それぞれの菩薩様の後頭部を扇子であおいでいらっしゃる。西日はかなり強かった。娑婆堂内の真ん中に写っているのが、中将姫坐像が乗っている神輿。

一段楽して、23人目の観音菩薩様がご登場。ここで、注目!!何も乗っていない蓮台を持って、舞いながら登場される。 

右に高く掲げていらっしゃるのが、蓮台である。後ろに、勢至菩薩、最後を勤められるのが普賢菩薩で、全員が娑婆堂にお揃いになった。そして、娑婆堂内で、観音菩薩がお持ちになった蓮台に成仏された中将姫が乗せられ、勢至菩薩がなでる。

神輿の前、観音菩薩がひざまずいて蓮台に乗せた中将姫を持ち、勢至菩薩が右から白い手をかざしているように写っているのが、なでている途中。蓮台の周りを大きく円を描くように、手の指をひらひらとさせながら ”なでる” 。

中将姫が成仏されました。

入場と逆に、浄土(本堂)へ向かう。まずは、成仏された中将姫と観音菩薩さまから。手には、先ほどの蓮台に中将姫のお姿が。

続いて勢至菩薩さま。堂々たるお姿。

頼れる存在、普賢菩薩さま。

天童(天人)に導かれて二十二菩薩様が続く。

そして、浄土へ消えて行った。

雅楽が遠くへ去ったあと、もの悲しい音楽が流れていた。お天気もよく、見るもの美しく、うっかり微笑ましく観ていたが、現世からすれば美しい中将姫が、29才という若さで成仏なさるのは、寂しく悲しいことなのか。私としては、中将姫は、やることをやって、美しいままの姿で、二十五の菩薩様に迎え入れられ極楽浄土へ行かれたので、さすがに菩薩様に迎えに来ていただくことは難しいであろうが、そのように生きられたらなぁ、と思ったのである。すでに、29才を若干粗雑に過ごし、はるか遠くまで生きながらえて、未だ奈良でいろいろなことを教わりながら日々過ごしている。

ありがとうございます。